御来屋駅

消えゆくダルマ駅:本州・四国

御来屋(みくりや)駅は、山陰本線の倉吉と米子の間にある。「わざわざ行こうと思わないと通る機会がない」区間にある駅のため、なかなか訪問しづらい。

「貨車や車掌車を改造した」のが駅舎ではなく待合室、というのが大きな特徴だ。なので“ダルマ駅”というより“ダルマ待合室”というべきかもしれない。

基本情報

□駅名  御来屋(みくりや)
□路線  JR西日本 山陰本線
□開業  1902年(明治35年)、官設鉄道の終点として開設(起点は現境港)
□所在地 鳥取県大山町西坪
□マップ

□撮影年月 2026年1月

 

御来屋駅は、駅舎(駅舎については後述)からつながる1番線と、跨線橋で渡る2番線・3番線の2面3線構造。国鉄時代からの古い駅によくある駅構造だ。待合室と駅舎の関係は次の写真で把握できるだろう。

右が1番線と駅舎、左が2番線・3番線と待合室
1番線から見た待合室。前後にデッキのある車掌車が転用されたことがわかる。ただ、デッキの床より下は切断され、それより上の部分だけが利用されている。この点がほかのダルマ駅とちょっと違う

 

1番線から見た米子方面。線路がまっすぐだ。通過する特急まつかぜと特急おき、多くの普通列車は1番線を使用する
1番線から見た倉吉、鳥取方面。交換時および特急待避のときだけ普通列車が2番線・3番線を使う

 

跨線橋を渡り、待合室の前まで来た
待合室を反対側から見る
室内の様子。以前は車掌車の内装がそのまま残されていたが、2017年ごろに改装され、ベンチが設置されたという
室内の反対側

このときうっかりしていたのだが、左奥の壁面に、この待合室を作った経緯を解説した重要な掲示板があったのだ。写真を拡大しても文字が読めない。

仕方ないので、書籍『ダルマ駅へ行こう!』(笹田昌宏、小学館文庫)から引用させてもらう。

「この待合所は、余剰貨車を改造して試作したものです」
「昭和59年3月31日」

多くのダルマ駅は、有蓋貨車や車掌車の大量放出があった1986年(昭和61年)から1987年(昭和62年)に誕生している。だが、それより前の1984年(昭和59年)にすでにこういう方法を模索していたことがわかる。

 

待合室に車掌車を流用した事例としては、ほかに錦川鉄道の清流新岩国駅がある。

このように「車掌車を改造した待合室」が2つとも中国地方にあるが、貨車や車掌車の駅舎への転用例はない(少なくとも現存していない)。清流新岩国駅の設置時期が不明であるし、場所も離れていることから、この2つの“ダルマ待合室”に関連があるかどうかはわからない。

御来屋駅の少しあと、同じ1984年の11月には、四国予讃線の堀江駅と箕浦駅でダルマ駅が誕生している。このころから各地で並列的に有蓋貨車や車掌車の改造・再利用が検討されていたということかもしれない。

 

ところで、御来屋駅はダルマ待合室があるだけではなく、駅舎も1902年(明治35年)以来使われ続けている「山陰最古の駅舎」で、国の登録有形文化財に登録されている、という貴重なものだ。

改札(のあった場所、というべきか)の上に掲げられた看板
駅前側から見た駅舎。右が駅利用者用の入口、左が元駅事務室への入口
駅舎は、鉄道開通100周年となる2002年に整備された。左の切符発券台(2台)、右の荷物受け渡し台などが、開業当時の面影を残している
駅事務室があった場所では、2026年現在食堂カフェが営業している(主に一部の平日)。カウンター席ならダルマ待合室を見ながら飲食することができる

 

山陰本線の鳥取-米子間は、非電化単線ではあるものの、古くからの幹線であるため、御来屋のような2面3線構造の駅が多い。開業や建て替えの時期が異なっているためか、駅舎と待合室の設計が駅ごとに多様で、その違いも楽しめる。

このほか「コナン駅」と呼ばれる由良駅もあり、「通過するだけの区間」ではないなと、現地に行ってみて感じた。

 

※「ダルマ駅」とは、使わなくなった貨車(有蓋車、冷蔵車、車掌車など)を改造した駅舎の呼び名の一つ。車輪や連結器などを取り外し車体だけになった様子が、手足のない置物のだるまに似ていることが由来。

  

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