市振駅

 
 
新潟県の西端に位置し富山県との県境にある市振(いちぶり)は、もともとJR北陸本線の駅だった。2015年(平成27年)に北陸新幹線が長野から金沢まで延伸したことにより、並行在来線はJR西日本から「えちごトキめき鉄道」と「あいの風とやま鉄道」に経営移管された。市振は両鉄道の境界となる駅で、えちごトキめき鉄道が管理している。
駅舎は古く、100年以上前のものである。開業したのは1912年(大正元年)だが、駅舎自体はその4年前、1908年(明治41年)に竣工している。この当時、北陸本線を富山から糸魚川方面に延伸するにあたり、通行難所の親不知子不知(おやしらずこしらず)の断崖絶壁が15kmも続くため、回避するためのトンネル工事が必要だった。市振駅の駅舎はトンネル工事の基地としての役割もあったのだ。


基本情報

□路線  えちごトキめき鉄道(ETR)日本海ひすいライン
     あいの風とやま鉄道乗り入れ
□開業  1912年(大正元年)開業
□所在地 新潟県糸魚川市大字市振913
□マップ

□訪問年月 2020年9月

  

 

市振駅は東西に線路が延び、北側にすぐ日本海が見える。1面2線の島式ホームで、ホームの東端(写真の右)に駅舎に続く構内踏切がある

ホームの西端、富山方向を臨む。えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの泊(とまり)行き列車が、次の越中宮崎に向けて出発した。終点の泊はあいの風とやま鉄道管轄の駅だが、日本海ひすいラインの上り列車の多くは泊を終着駅としている

 

 

泊行きの列車が通った線路の向こうに、もう1つの線路が見える

 
 

以前は数両編成だった列車も今は1両での走行のため(貨物列車・特別編成を除く)、不要になった長いホームの両端には柵が設置されている

 
 

使われなくなったホームのコンクリートの割れ目から雑草が背を伸ばしている。なんだか少し寂しい

 
 

振り返り、糸魚川方向を臨む。正面に見える深い緑は海岸線に断崖絶壁が続く親不知(おやしらず)だ

 
 

ホームから、市振駅が作られた1908年(明治41年)に設置された赤レンガ倉庫が見える。ランプ小屋とも呼ばれ、照明用ランプや燃料などの倉庫として利用されていた。屋根は新しく葺(ふ)き替えられているように見えるが、レンガは当時の堅牢な作りのまま

 
 

ホームの西側半分には風雪よけと思われるフェンスが設置されている。強い海風が吹くのだろうか

  
 

この場所を最初に写真で見たとき、こんな場所に墓石が!と思ったのだが、全然違った。何かのコンクリート設備の一部のようだ

  
 

ホームの東端。トンネルをでてすぐ線路が海側に分岐している。雑草に覆われているが、海側にも1本線路がある

 

ホームの東端にある柵の向こうはスロープになっていて、ご覧の通り雑草が伸び放題

 

 
 

構内の踏切の目の前に駅舎があり、回廊になっている廊下を横切って待合室に入る。右側には回廊から駅務室?への扉があるが現在は閉鎖されている

 

市振はJR西日本時代の1985年(昭和60年)に無人駅になった。それ以降も、細かな面で設備の簡略化が進んだような印象をうける。写真を見て後から気が付いたが「お客様用連絡電話」ボックスなるものが設置してあった

  
 

正面から駅舎をみる。一枚板の駅名看板がしぶい   ☆クリックで拡大

 
 

駅の前面には回廊の一部があり、ひさしの造形など明治期によく見られる設計とのこと。ひさしを支える白く塗られた柱は開業当時のものだろうか

 
 

2つ前の駅舎の正面写真にも写りこんでいるのだが、屋根には金属の輪のようなものが見える。これも開業当時からある雪下ろしのため命綱を結ぶための金具だ。屋根は新しいものだが、金具の土台の部分を避けて葺き替えられているのがわかる ☆クリックで拡大

 
 

駅の周囲には市振ジオサイトの看板が立っていた

  
 

赤レンガ倉庫を逆方向から見る。煉瓦は明治期によく見られた長短レンガを一段おきに積み上げるイギリス積みだ(※オランダ積みとは角の処理が異なるとのことですが、説明を読んでもよくわからないので間違っていたらご指摘ください) ☆クリックで拡大

 
 

通過していく貨物列車を見ることができた。よくみると、パンタグラフを架線に伸ばしている。日本海ひすいラインは全線電化されているが、通常の旅客列車は気動車(エンジンを搭載した列車、ディーゼルカー)のため架線を利用しない。貨物列車のために残されている設備である

 
 

のんびりと貨物列車が通るのを見ると気持ちが安らぐ

 
 

続けて直江津行きの列車が到着。もちろん、パンタグラフはついていない

 
 

 
 

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